リッチモンド
 
BC経済の優等生
リッチモンド

バンクーバーの空の玄関として、近代都市らしく美しく整備された街、リッチモンド市。
 上空を離着陸のために低空飛行する機体と、バンクーバー第二の中華街ともいわれる街並とのコントラストは、さながら返還前の香港のようだ。中華系のたくましいエネルギーこそが今日のリッチモンドを作り上げた源である。
緯度は高いが暖流の影響で温暖な気候と、三角州による肥沃な土地のおかげで古くから漁業や農業などの産業が発達した。近年は航空産業とテクノロジー産業の発展も著しく、同時に中華系を中心とした資産のある移民の定着も手伝い、懐の豊かな市制となっているようだ。リッチモンド奥様リポーターの服部さん曰く「学校、公園など、公共の施設がものすごく立派」。確かに、市役所の建物を始め、施設はどこも豪華で、公道には季節の花々が植えられている。他の市とは歴然とした違いである。
 また、リッチモンドと日系移民の歩みにも興味深い歴史がある。1877年に最初の日系移民、永野萬蔵が上陸。初期の移民者の大半は単身の漁師で、スティーブストンに集中していた。1890年代には一万人もの漁師が集まるようになり、その内訳は先住民、ヨーロピアン、中華系、日系がそれぞれ4分の1ずつであったという。
漁船の係留場。後方は現在開発され、住宅が建ち並んでいる。
トメキチ・ホンマ小学校の正面玄関内部。本間家の家紋が学校のシンボルだ。切妻型の天井は、障子を思わせるデザイン。
かわいいアンティークの建物の郵便局兼スティーブストン歴史博物館。

日系人発祥の地
スティーブストン

 そんな日系人の軌跡が残る、スティーブストンを訪ねた。日本人名がついた通りや、小学校、日本名の店など、いたるところに日系人の歴史が垣間見られる。特にトメキチ・ホンマ小学校の名は、「日系移民の父」と呼ばれ、日系人の参政権問題や初の日本語新聞の発刊など、数々の功績を残した本間留吉を称え、命名されている。
 モンクトン通りの中心部にある小さな郵便局内には、スティーブストン博物館がある。そこでは、日系人を含む当時の住民の生活ぶりを日用品や写真で見ることができる。おかきの缶や履き古した草履など、現在と違い簡単に手に入るものではなかったであろうことを考えると、感慨深い。
 現在、漁師を続ける日系人は少ない。週末に行われるモンクトン漁港の名物、船上市場で出店しているのは、日系三世のハマダさんただひとりだそう。以前はたくさんの日本人が漁船を所有していたが、皆ベトナム人などに売り払ってしまったそうだ。それでも、この漁港を統括するハマダさんは、仲間うちから「シュガー」と呼ばれ、人望を集める。「サトシ」→「砂糖」→「シュガー」となったのだとか。現在ハマダさんは年に半年エビを捕り、二回サケ漁に出るだけという「半隠居」生活を送る。
 聞くところによると「海苔漁」をしている人物がいるそうだ。岩海苔らしいが、あぶって食べるとそれは旨いらしい。残念なことに、予約した知人のみに売り、一般に小売していないとのこと。しかし、この地で海苔が採れるとは驚きだ。
日系の名の付いた通り

日系人憩いのカフェ
 港に程近い、モンクトン通り上にある「ネット・シェド・カフェ」は、日系漁師の溜まり場。70年代のカフェのような趣のひなびた店内に、和歌山県訛りの日本語が響く。すでに引退した70〜80歳の二世漁師のグループだ。三世の「若手」の姿も見えるが、こちらはもう英語のみの会話である。同じ二世でも、第二次世界大戦下の過ごし方により会話、読み書きのレベルも違うそうだが、「二世同士の会話は日本語」というのが興味深い。現役当時は皆、鮭、オヒョウ(ハリバット)漁に従事、その妻らは缶詰工場などの加工産業に就いていたそうだ。戦中下の強制収容所時代の話題になると、彼らの意見は分かれる。BC州グリーン・ウッドに送られた組は「現地の白人は親切で優しく、スポーツをやるのにもとてもいい環境で、親の世代は苦労したかもしれないが、我々は楽しく過ごした」と言うが、アルバータ州にて強制労働を課せられた者は「辛い日々だった」と語る。しかし、前者は家族ばらばらの生活であったことは否めない。10年近くを収容所で過ごしたそうである。
 現在は「年金で悠悠自適。毎朝こうやって日系の仲間とコーヒーを飲み、午後は孫のお守りやゲートボール」。厳しい時代を乗り越えた懐の深さを感じさせる、温かい人々であった。彼らが基礎を構築してくれたからこそ、住みやすい日系社会があるのを忘れてはならない。ご馳走していただいたコーヒーは、あたたかい同郷の香りがただよっていた。

“シュガー”ことハマダさん(右)。出店している全員と仲良しだ。
Net Shed Cafe派の皆さん。

リッチモンド市
 移民の国、カナダ。その中でも実に住民のほぼ半数が他国出身というのがこのリッチモンド市である。古くは1870年代、ヨーロッパからの漁師が漁場を求めて移り住んだことから始まった移民だが、今日ではその半数を中華系移民者が占めている。自治体として発足したのが1879年、正式に市制化されたのは1990年と比較的近年だ。

ヤオハン付近に、新たな中華系ショッピングセンターを建設中。活発な経済を象徴しているよう。
近代的高層建築の市役所
 

● GULF OF GEORGIA CANNERY

住 12138 4th Ave. Richmond
電 (604)664-9009
HP www.gulfofgeorgiacannery.com
一般公開日:4/6〜5/31 火・水休館、
7/1〜9/2 無休、9/3〜10/31 火・水休館開館時間:10〜17時
入館料:大人$6.50、学生・シニア$5.00、子供$3.25、5歳以下無料



870〜1950年頃の缶工場の様子を学ぶことができる。当時実際に使用していたものも展示されており、歴史博物館的要素もある。事前申込みのツアーも有り。

 

● 船上魚市場

場 Fisherman's Wharf, Moncton St.
時 金・土・日 7時〜17時
 (金曜日は小規模とのこと)

 捕獲する獲物によってライセンスが異なるため、船ごとに品揃えが全く違うのがおもしろい。現在、多くの船がエビ漁に従事しているため小エビの販売が中心だが、丸マグロやサケ、舌平目も常に見られる。小エビは3種類ほど並んでいるが、どれも10ドル出せば山盛りの量を渡される。殻を剥いて刺身もよし、丸のまま唐揚げやかき揚げにしてもよし、頭や殻はそのまま捨てずにダシに。もうスーパーのエビは食べられません!
 日によってはカニ(1隻のみ)や、たまたまかかったタコ、サメ、見たこともない魚も売っている。漁師さんが食べ方を教えてくれるので、挑戦してみてはいかが!?



エビ漁歴12年、サケ漁歴10年というSpirit of BCの船員ジャックさん。平日5日間は港にもどらない。サケ漁では1ヶ月家を空けることも。

 
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