「シロフクロウは日本では北海道でごくまれにしか現われない珍しい鳥です。しかも飛翔力があるため神出鬼没、その風貌からしてミステリアスな存在です。 私たちバードウォッチャーにとっては“憧れの鳥”なのです」と空港からの道すがら話してくれたのは川崎市在住の日本野鳥の会会員、曽我千文さんだった。千文さんは夫の浩さんと一粒種の鷹平くん(4歳)と一緒に、雪のようにまっ白なフクロウをひょっとしてバンクーバーで見られるかも知れないと、市の自然史協会VNHSが発行している野鳥観察のガイドブックを手にしてやってきた。12月27日から五日間の滞在で、シロフクロウを果たしてウオッチできるだろうか? 冷たくしょぼ降る雨の日にロマンを追う家族に同行させてもらった。
─ 民宿『風露荘』─
20年ぐらい前、千文さんが林学科の学生だったころ、北海道東部の野鳥の会のボランティアをしていた。夜は根室の民宿「風露荘」に泊まっていた。そこの主人は高田勝さん。鳥キチが高じて、若い頃に自然環境の豊かな北海道根室に、奥さんと一緒に移住した。民宿には高田さんを「親父」と慕う常連がいた。暮れと正月の連休には毎年十数名が集まり、日のあるうちは野鳥を求めて西へ東へと駆け回り、日が暮れると、親父の家の灯りに三々五々帰りついて、その日の釣果ならぬ「鳥果」をサカナに、鳥キチ談義に花が咲いたものだ。
─ 雪原でのフクロウ ─
夜もふけて酒焼けした顔がさらにテカリを増すころには、身振り手振りで盛り上がる。部屋の熱気は零下の気温をものともせず、高田の親父が出会ったシロフクロウの話に聞きいった。“命のかけらも感じられない一面雪の原野に、ふと視線を感じて振り返ると、雪だるまのようなシルエットがなだらかなスカイラインに浮かび上がり、金色の目が射るように見つめていた。一度ふわりと飛び立つと、もう再びどこに行ったのかは分からない…”
噂を聞いて、着のみ着のまま駆けつけた鳥キチたちは、いつも歯ぎしりするばかり。シロフクロウに出会えるのに必要なのは「運」だけ。一生に一度で いいから出会ってみたいとみんな、遠くを見る瞳をして聞き入ったものだ。
以来千文さんも、シロフクロウを自分の目で確かめたいと何度かタイトな休暇を取って北海道に足を運んだのだ。
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畑で羽を休めるスノーグース |
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フクロウのリハビリセンター前にて |
─リサーチしてから ─
夫の曽我浩さんとは、苫小牧近郊のバードサンクチュアリーのボランティアをしていたときの仲間の一人。1989年に結婚した。浩さんも千文さんからシロフクロウの話を聞いて、ぜひ野生のシロフクロウを一緒に見たいと思って資料を集めはじめた。日本では滅多に見られないので、北方圏のどこかの国で見ようと考えたが、アラスカやシベリアの冬は厳しい、まして子連れでは今は不可能だ。昨年夏リサーチをかねてアルバータ州のいくつかの都市を探訪した。エドモントンのビーバーヒルの野鳥観測所で、ヒメキンメフクロウのバンディング調査に同行し、最後の夜にやっと3羽見ることができた。帰りにバンクーバーに立 ち寄ったとき、ひょっとしてここでシロフクロウが見られるかも知れない、と感じた。それ以来冬に訪れてみようと思っていた。
外は雨、最初の訪問はラドナーのウエッサム島にあるライフイール・バードサンクチュアリー、途中の畑地で日本では見られないハクガン(スノーグース) やナキハクチョウ(トランペッタースワン)の群れを見つけて車を停めてじっくり眺めていた。浩さんがふと気がついて「またあとで見に来ようね」と云い、アクセルを踏んだ。
幸先がいいぞ! 両方とも「白」と名のつく鳥との出会いだから…シロフクロウに会えるかも! 同行しながら曽我夫妻の20年間の思いが達成する瞬間を共に味わい、写真にしたいと密かに思っていた。 (つづく)
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