ロッキーの旅
別れてからも続く交流
 
トニー24歳の誕生日
 9月26日夜11時、待ち合わせのガスタウンのパブに着いたとき手を振っている若者がいた。それがトニーだとは気づかず、「長髪のトニー」を探していた。妻が「あそこにいる人、トニーじゃないの?」。よく見ると長髪をバッサリ刈って坊主にしたのだ。近づいてハグの代わりに頭をなでたりさすったりしてたら、弟のケニーが「こんなことをさせてる兄を見たことない」という顔して笑っていた。遅れてドライバー仲間がやってきた。総勢10人ぐらい。その日はトニーの24歳の誕生日だった。

 今年の夏は妻と一緒にバスで10日間のロッキーツアーに出掛けた。定員20人のバックパッカーたちの中に加えてもらった。その時のドライバーがトニー・ ムーアだった。コースはウイスラー、カムループス、ベルモント、レベルストーク、バンフ、そしてオカナガン、ケローナを回って戻ってきた。全行程3千キロを超す旅だった。ケローナまではいつもと変わらない順調な旅だった。ところが、ハプニングが最終日に重なった。
ハプニング
 出発の朝8時、バックパックをバスに積み込み始めたとき、左前輪と後輪が何者かに刃物で刺されて空気が抜けていた。1本ならスペアがあるから何とかなるが、2本となるとそうはいかない。レッカー車の手配、午前中に予定していたスカイダイビングの予約取り消し、とにかく会社に一報を入れ指示を仰ぐことはドライバーの勤め。現地での対策と交渉も一人でしなければならない。乗客への情報提供もある。はてさて、トニーはどんな動きをするのだろうか? 乗客は? 会社は? 緊急時の優先順位を考えたトニーの電話連絡が始まる。ロンドンから来たアルがトニーの広報係をした。そばで電話のやりとりを聞いて、必要なことをみんなに伝えてくれた。「整備工場はまだ開いていなかったがレッカ ー車の手配が済んだ」。「12時には出発出来る。それまでに、この場所に集まるように!」と言い残してトニーと工場へ行った。
 2時間ぐらいして、アルが駆け込んできた。「さぁ〜出発だ。荷物を積んで!」。荷物はオースラリア人のマーカスが、いつの間にか積み込む役を引き受けてくれた。

 2回目のハプニングがあった。工場から出た途端に、道路中央で止まってしまったのだ。車を右端に寄せなければならない。青年たちが降りて30メートルほど押した。今度は電気系統の故障だった。また整備工場に逆戻りだった。アルが再び「3時頃の出発になる。バンクーバーには10時頃到着」と伝えに来た。ス コットランド人のレスリーとアニーはステイ先に電話を入れ、遅れることを手短に伝えた。「ラッキー!」とはしゃいだのはサラだった。「まだまだ見てないところがいっぱいあるわね、さあ出かけよう!」と呼びかけたら女性の殆どが彼女についていった。私は対岸の森林火災の消火活動を見ていた。

 午後3時、ケローナを発ってバンクーバーの灯りが見えるころ、トニーは「何回もこの道を走ったけれど私たちは最高のチームです。朝のボクの気持ちは最低だったが、あなた方の忍耐と寛容さに心から感謝しているよ。今は最高にいい気分なんだ。みんなのドライバーだったことを誇りに思います」と言った。
別れてからも
 別れた後もあちこちからメールが飛び込んできた。ロンドンからサラとマーカスのカップルが「今ここで仕事を探しています。仕事が決まってからアパートを探します」と。ロッキーツアーを終えてアメリカまで足をのばしたアルが帰路、大きな花束を携えて尋ねてきた。夕食を共にしながら「BC州は山と川、海などの自然に恵まれて本当に羨ましい」と言っていた。「ロンドンに戻ったら、サラとマーカスに会えるのが楽しみです」とも言っていた。ニュージランド人のニコラもバンクーバー島を一回りしてから泊まりにきた。9月中にすでに決まっていたケローナのスキー場に行って働くそうだ。「来年、 仕事が終わったらまた来ていいですか?」「もちろんどうぞ!」。妻がバス停まで見送った。

 トニーは今シーズン限りでドライバーをやめて、専攻の社会学を深めるためにヨーロッパを長期で旅行する。ロッキーツアーで知り合った今回の仲間たちとの出会いを、いつまでも大切にしたいと話していた。

ドライバーのトニー
誕生日のトニー
ロッキーツアーの仲間たち“We are the great team.”