キツラノ漫歩(1)
―スリフトストア―
 
―列をなすひとたち―
 いるいる、人がいる。もう並んでいる。ここはブロードウエイのスリフトストア前だ。新しい住民が多くなったせいか、朝10時開店前から並んで生活用品を、少しでも安く手に入れようと集まってくる。ここは何でも安い。店はキリスト教の一派『サルベーションアーミー(救世軍)・バンクーバー・リサイクルセンター』が統括する16店舗の一つ。それ ぞれの地域の人たちにリサイクル用品があればドネーション(寄贈)を呼びかけ、日時をきめて引き取りにも行く。同センターのポリシーは、利益はすべて助けを必要とする人たちに還元されること。小さなカードに全店の所在地と電話番号のほかに、「益金は食べ物、カウンセリング、サポート、避難所、住まい や衣服を必要とする人々のために用いられる」と書かれていた。

 妻と私は2000年の9月下旬、40キロの荷物を携えてキツラノにやってきた。縁あって10 thとマッケンジー通りの辺りに住むようになった。巨木がズラリと並ぶ静かな場所だった。
 ベッド、カウチ以外の生活用品の殆どをスリフトストアで手に入れた。もちろん朝早く並んで手にした物もある。
 時間によってはそこが移住者たちのたまり場になっている。同国人に出会って嬉しそうに互いの言葉に切り替えて立ち話をする人々。昼すぎになるとアジア系のナニーさんたちが白人の子どもを乳母車に乗せてやってくる。店の中は陽気な彼女たちのお国ことばで弾んでいた。そこは人々の交流の場になることもある。

―高騰する住宅ー
 「かつて風光明媚なキツラノ地域は、安全で生活にゆとりのある裕福な人々が多く住んでいた」とか「北米で最も住みやすく、地価も中古住宅も高騰し続けている」とも聞いていた。「ハーフミリオン(50万)ドル以上でも売りに出せばすぐ買い手が付く」とも聞いた。
 住んで2年半過ぎたころ、大家さんが家を売りに出したいので次なる家を探すように云われた。場所がいいだけに2、3ヵ月後には買い手がついた。どこかの国の新移住者だった。

―家探し―
 新しい住居を求めてあちこち探し歩いたら、見えてくることがあった。新移民や若い家主の中には少しでも生活の足しになればとベースメントを改造し、入居者を募って借入金の足しにしている人たちがいた。
 そこは大抵天井が低く、2X2、2X4工法で小さく仕切られていた。いつも下見でかち合うのはアジアや南米からの語学留学生とUBCの学生たちだった。若い子連れの夫婦もいた。キッチン、洗濯機、冷蔵庫、バスルームは共用だった。
 また友人同士で1軒の家を買って、折半して払っているケースもあった。もちろん所有権は二人になっている。

 買い手の事情に詳しく、業界に長くいる人の話では投資目的もあるという。しばらく貸し家にして数年後に転売を考えている人たちだ。そのような家は誰かが住んでいても前庭はあまり手入れがなされていないことでわかるという。
 やっと新しい2ベットルームの住まいを見つけた。スリフトストアから5ブロック離れているが、散歩コースとしては丁度いい。若い家主が契約する前に1年以内に出られるのは困る、といわれたので、私からも3年や4年で転売するなら断る、といったら買ったばかりなのでそんなに早く転売する気はないことを明言してくれた。

ー変わりゆくキツラノー

 巷に物があふれているのに店の前に列をなしてる人たちを眺めながら、3年前の私たちのように出費を抑え、少し古くても質のいい物を安く買い求めたいという庶民層が増えてきているのではないか。そうした実感が日々募っている。朝のバスで出会う顔ぶれ、話題、マナーなどからキツラノ地域がすこしづつ変わっ てきている。それはバンクーバーの他の地域でも、見られることだと思うのだが。

 店に来なくなった人、家を手放した人たちは今どこに住んでいるのだろうか。