サレー
 

青年の心を忘れない鍼灸師



「患者さんにはね、ポジティブに接しなきゃ、パッパッパッと」と語るのは、サレーで鍼灸院を営む喜久川正信先生。患者さんから、「先生の若い頃の武勇伝や奥様との馴れ初めといった話が面白くて、リラックスできるんですよ」。そんな噂を聞きつけて、先生を訪ねた。

鍼灸との出会い
 先生がカナダへ移住し、鍼灸の道に進んだきっかけは、1970年大阪万博にまで遡る。たまたまカナダ館に入った青年がロッキー山脈の写真を見詰めていた。この時、係員が青年にこう語り掛けた。「カナダは若い力を求めています」。
 それから十数年後、米国旅行の途中で立ち寄ったビクトリアで、青年は「鍼灸」と漢字で書かれた看板に目を留めた。それが先生と鍼灸の出会いだった。異国の地で出会った鍼灸学校に惹かれ中を覗くと、「誰でも入れますよ」と校長から声を掛けられた。鍼灸に興味はあったが、当時日本の鍼灸学校は入学資格が難しかった。それがカナダでは「誰でも入れる」という気軽さに強く惹かれた。そしてまた、「米国から国境を越えてカナダに入った瞬間、すーっとしました」と、万博以来、心の片隅にあったもやもやした思いが晴れていった。この時先生はカナダで鍼灸を学び、暮らすことを決意し、家族4人でカナダへ渡った。





「フェリーを降りてハイウェイをドライブするのも楽しみですよ」と喜久川先生


鍼灸学校で学んだ思い出の本。

とっておきの良薬は先生の話術!?
 鍼灸学校を卒業し、今度はビクトリアで鍼灸を教える側に立った。やがて知り合いのファミリードクターの誘いで、サレーの治療院に週4日勤務するようになる。サレーへはホワイトロックの仮住まいから通っているが、最初の2年間は毎日自宅のあるビクトリアから通っていたと言う。しかもビクトリアにも治療院と空手道場があるので、一週間休む暇もないスケジュールをこなしていることになる。それでも、「今、パイロットの免許を取るため、診療の後に航空学校へ行き始めたんです。いつか、ビクトリアから自家用機でここへ通うのが夢ですよ」と、明かす先生の語り口は、少しマイルドな沖縄訛り。沖縄のポップ歌手の音楽が流れる治療室で、きっとこんな風に患者さんに話し掛けながら治療されるんだろう。大人になっても夢を語る先生は、万博の頃の青年の心を今でも持っているようだ。


喜久川鍼灸漢方治療院
 #100-15225 104th Ave. Surrey, BC V3R 6Y8
 604-588-1111
診療日 火・水・金 9:00-18:00 木 9:00-21:00 要予約
 
≪Back