『雀友―東南西北の人達』
 
 去年から「隣組」で麻雀をしている。80歳のご婦人に誘われて、通い始めて半年になる。これまで2卓並べて丁度良かったが、毎回1人、2人と増えてきた。初心者が多い卓にはいつもセンセがついている。ヨシオさんとトニーさん。若いカズキさんもいたが今は学校通いで来られない。麻雀は頭や手を使うのでボケ防止にもなると、隣組の理事会に熱心に働きかけたのはボランティアのヨシオさん達。初めは1卓だったが、今はいつでも2卓8人で、センセ達も準備と指導で忙しい。
―賑やかな常連さん達―
1の卓には賑やかな熟女4人が占めている。トニーさんが「姐さん達」と呼ぶテルコさんとノリコさん。2人共ご主人に先立たれた友達同士。夢中で過ごした子育ても終わり、誘い合って麻雀を始めた。共に、カナダに住む前の海外暮らしが長かった。テルコさんはアジアや北米、ノリコさんはフランスなどヨーロッパだった。マイペースのサチコさん、時には、あっと驚く手で上がる。鼻歌まじりのカズコさん。上がれるようになってから、ますますのめりこんでいる。
 2の卓には京都からの山口夫妻がいる。バンクーバーに住んで2年目。去年はトレッキング、サーモン釣りを楽しんだ。今年は写真撮影にも意欲を見せている熟年夫婦。共に手堅い麻雀をする。8年前香港から来たトミコさん。読みが深くて大きく上がる。私がこのメンバーで時折作るカンチャン、ペンチャン、アナ待ちも見透かされて、この頃なかなか上がれない。
 今年になってセイさんが牌を持参でやってきた。エドモントンに30年、バンクーバーに来て10年。去年シニアになって人生の黄昏を思うこともあるけれど、まだまだ現役をやめられない。休暇が明けて仕事に戻れば、しばらく手合わせできなくなるのが寂しい。
 私を誘ってくれたケイさんは今年80歳。容赦なくポン、チー麻雀で出鼻をくじかれ、先を越されてしまう。パソコンで麻雀サイトを見つけて楽しむ術も知っている。人は歳を重ねるだけで老いるのではないようだ。
 ある時私、バカづきして持ち点の4倍も勝ち越したことがあった。やんわり「友達を失いますわよ」と、ご婦人方に睨まれた。
その時「いつ、どこで麻雀を覚えましたか?」と聞かれた。初めてしたのは25、6歳の頃だった。大きな声では言えないが、警察署2階の記者クラブでしたのが初めてだった。事件や事故がある度に中断して飛び出して行かなければならなかったので、そこでは、落ち着いて楽しめる心の余裕はなかった。
 あれから40年。若い頃覚えたことは役に立つものだ。今はこの街で、 ゆったり麻雀を楽しんでいる。この開放感がいい。
―酸いも甘いも―
 12月、わが家で2卓並べて麻雀をした。それぞれが持ち寄った料理を食べながら、呑むほどに酔うほどにお国なまりが飛び交った。 そこで十人十色の人生を垣間見た。
 ヨシオさんもトニーさんも70年代の初めまで、大都会でスーツ姿のサラリーマンをしていたが、とにかく「国を出てみたかったんです」と共通してい た。時期はずれるが、2人共バックパック背負ってやって来た。トニーさんはトロント15年、バンクーバーは、18年になる。ヨシオさんも31年になる。 日本で退職した私と山口夫妻以外はみんな20年から40年の海外暮らしだった。仕事や子育てから解放されて、世の中の酸いも甘いもわきまえている人達だ。 人生いいことばかりではなかったけれど、やっと自分の居場所を見つけたようだ。夢中で過ごした人生を、この頃ようやく立ち止まって振り返ることがある。それぞれの胸の内には、まだまだ整理されていない壮大なドラマが、牌の数だけありそうだ。だが、さりげない言葉から胸に響くことが多い。私以外、みんな外国で暮らす知恵をお持ちのセンセなのだ。
―癒しの効果―
 姐さんの一人が「木曜日、隣組に集まってみんなと顔を合わせれば、なぜかほっとするわね」と言っていた。この頃癒しの相乗効果も現れているようだ。
  ―麻雀は人を癒さないが、そこに集まる人達が人を癒すのだ―。陸鯨

和やかな隣組「東南西北」の面々。
80歳のケイさん