「ダラー・ストアー」のアリさん、この頃ハナ眼鏡をかけないと細かな手作業ができないと嘆いていた。髪の毛も薄くなって…とぼやいていた。薄利多売の店は繁盛すればするほど決まった時間に食事もとれないほど忙しくなる。さりとて人を雇うほどの儲けもでない。そろそろ仕事を変える潮時かな、と冗談とも本音ともとれる話しをしていた。カナダに移住して、来年10年の節目を迎える。
―拾った財布―
2000年の秋、ブロードウェイの「ダラー・ストア」の店先で、絵はがきに眼がいった。住まいが決まり、友人や身内に簡単な便りをしなければと思ってい た。その時が店主のアリ・シャミルザディさんとの初めての出会いだった。私が新参者であることをすぐに見透かされ、国際郵便は当時1ドル10セントで、封書もハガキも同じ値段であることをさりげなく教えてくれた。私達の住まいから歩いて1分足らずの店だった。
その後も電球が切れたり、蛍光管がダメになった時もアリさんの店に走ったものだ。どんなルートで仕入れるのか、とにかく安い。腕時計の電池もその場で交換してくれる。訪れる度に「何か困ってることはないですか」と尋ねてくれた。使いきった簡易ガスボンベの持ち込み先も教えてもらった。そのうち奥さんのシャヒンさんとも顔なじみになった。
2年前の夏、アリさんから電話がかかってきた。「日本人らしい女性の財布を拾ったので、見てほしい」という。急いで店に行くとクレジットカードや キャッシュカードの他に、東京にある私大の学生証と、UBCの語学研修生である身分証も入っていた。早速、知り合いの研修生に託して、翌日には落とし主に届けることができた。それ以来アリさん夫婦と私との関係が以前より親密さを増したように思えた。
夫妻はイラン人なのにドイツ語を話す。聞けば西ベルリンの大学でアリさんは電子工学、シャヒンさんは建築学を学んだ。1985年ベルリンで、アリさんが念願の店を持つことができた。店が繁盛していたころ、シャヒンさんと結婚。イスラム圏では珍しく、男女平等観をしっかり持っていたのと誠実さにシャヒンさんは惹かれたという。そこで二人の子供にも恵まれた。イランにいたら出会いはなかったと二人はいう。
―二度目の移住―
1989年、ベルリンの壁が崩壊し、東側から大勢の人々が西ドイツに流れてきて、社会が変わり始めた。それまでのビジネスにも制約が多く なり、アリさんにストレスが募るようになってきた。子供を育てるために、もっといい環境が必要だと思い始めた。ドイツは二人に教育と技術を授け、ビジネスの機会をも与えてくれたと思いながらも、18年間のドイツでの生活にピリオドを打って、1995年37歳の時、カナダへの移住を決めた。カナダでもドイツ で開業したように電化製品の修理から始め、後に「ダラー・ストア」に切り替えた。
「どこの国に行っても初めに言葉や文化の壁にぶつかります」「人々の話をよく聞き、日常生活の様々な状況を注意深く観察し、知らなかったこと、新し い生活に必要なことを覚えなければなりませんでした」。ドイツで生まれた二人の娘も14歳と12歳。夫妻は、この国の男女平等権がしっかり根付いている教育に満足している。分け隔てのない男女共学はイランでは考えられないことだった。
― 若さへの羨望―
いつも優しい夫妻にも嫌いなタイプの人がいる。「礼儀をわきまえず、人を無視したり、見下げる人」「女性に敬意を表せない男性」「他人の過ちを責めて、許そうとしない人」は顧客でもイヤだ、という。
5年間、夫妻を見て思うことがある。人々への分け隔てのない優しさ、親切、寛容、丁寧、迅速、信頼、ユーモア、打てば響く反応の早さに感心した。新移住者や観光客の下手な英語でも、察して分かろうとする熱意が夫妻から伝わってくる。客は増え、繁盛している。二人の人柄に人々が寄ってくるからだ。最近アリさんはじっくりと人の話に耳を傾ける。新しいビジネスチャンスを狙っているようだ。眼鏡をかけても、髪が薄くなっても、あれこれのことに挑戦する気力、体 力、エネルギーがありそうだ。若さっていいなぁ。決して怯むことなく、へこたれないから…。
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ダラー・ストア経営のアリ/シャヒン夫妻 |
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