バンクーバー
生活マガジン
Coco Magazineは バンクーバーで暮す人のためのバンクーバー生活マガジンです。子育ての話からバンクーバーでおすすめのスポット、ビジネスやレストランの話題など、バンクーバーの今をご紹介しています。雑誌は2ヶ月に1回偶数月の第4木曜日に発行。また、雑誌と全く同じ内容のWEBの更新は、雑誌発行日の翌週水曜日となっています。
coco人

写真1:ロサンゼルスのディズニーランドにて。この頃には、既に両親と離れて暮らしていた

写真2:SFUでのConvocation。卒業ももうすぐだ

写真左:繊細なデザインのMiyoさんの作品。イヤリングは$38から

Miyo Kanayamさん

Miyo Kanayamaさん
  1985年中国生まれ。6歳からLAに滞在し小学生時代を送る。日本で中学校、オーストラリアで高校を卒業。2004年カナダ、バンクーバーのSimon Fraser University(Marketing/Communication)入学、今年6月卒業。2008年11月 『M.Kanayama』ブランドを立ち上げ、ファッションジュエリーデザイナーとしてのキャリアをスタート。作品はウェブサイトで見ることができる。

www.mkanayama.com

ファッションジュエリーデザイナー
Miyo Kanayama さん

子どもは親と一緒に成長した方が良い。
自分の子どもには家族の絆の大切さを
教えたい。

文・写真 Fuse
写真提供 Miyo Kanayama さん


 細身の体型にあどけない笑顔が印象的なMiyoさん。清楚な雰囲気の彼女は、英語を主に日本語と中国語も操るトライリンガルだ。学生とジュエリーデザイナーという二束のわらじを履き、将来を熱く語る眼差しと裏腹に、どこか憂いをもった瞳が人の心を惹きつける。

 ゲームにアニメ、そしてハリウッド映画界でも、ここ数年続いている世界的な日本ブーム。ファッションの世界でも日本語のタトゥーや和装、メイクなど日本文化は注目の的だ。幼少から海外で生活し、早くから国際感覚を養ってきたMiyoさんにとっても、日本の伝統文化や若者のファッションは非常に新鮮だという。
  日本のファッションに憧れるアジア人女性は多いが、アジア人の多く住むバンクーバーで「巷に溢れる日本商品のコピーなど、バンクーバーを始め海外では、未だ本物の日本ファッションが紹介されていないような気がします」というのがMiyoさんの意見だ。

子供時代の複雑な生活環境

 中国で生まれたMiyoさんの両親は、日本国籍を持つ中国人。そのため、Miyoさんも日本名と日本国籍を持つ。他国語が話せると将来的に有利という両親の教育方針により、6歳で単身ロサンゼルスへ。その後、小学校を卒業する13歳までを現地に住む伯母の家族と過ごした。幼い時期を肉親と離れ離れで暮らしたことに対して「学校の行事など、他の子どもと違って父や母が一緒にいないことで、とても寂しい思いをしました」と、感情的になり涙ぐむMiyoさん。その後、一旦帰国し、今度は日本の中学校へ入学。「既にオープンなアメリカ文化が身に付いていたので、日本の学校の制服や厳しい規則に馴染めませんでした。また、LAの暖かい気候と違う日本の寒い冬も苦手でし」。
  高校は再びLAへ戻ったが、ビザの関係でアメリカでの高校卒業を諦め、今度は母親が同行しオーストラリアの高校へ留学。「住んでいたキャンベラとシドニーには、アジア人が多くてびっくりしました」。そして、アメリカの大学へ進学を考えていた矢先に9・11の事件が発生。そのため隣国カナダ、バンクーバーのサイモンフレーザー大学に入学を決めた。大学ではマーケティングとコミュニケーションを専攻し、今年の6月には卒業を控えるMiyoさん。英語圏で異なった国の教育を受けた彼女は「知識の習得や異文化での経験は、私にとってかけがえのないものですが、それぞれの国の環境や教育内容の違いに自分を合わせるのは本当に困難でした」。
  子どもの将来を想う両親の気持ちに対して、当時は全く理解できなかった、というMiyoさん。だが、昨年の10月の大学卒業予定を、寒いバンクバーへ親を初めて招待するのは可愛そうだと、この夏に延期。それは、自分の晴れ姿を見せたいという気持ちと、今なら理解できる両親の愛情に対する、Miyoさんなりの感謝と労わりの表れだ。

アイデンティティー・クライシス

 物心が付く前に親元を離れて、長い海外生活を経験しているMiyoさんのアイデンティティーは複雑だ。西洋文化の影響で、精神的には早くから自立していたという彼女は、自らを「外見はアジア人でも中身はウエスタン」と呼ぶ。また、両親や伯母家族を始め、周りの環境は東洋的だったため、西洋と東洋両方の文化が理解できる。しかし、学校に合わせ各国を転々としたため、「私は、その国や民族の本当の伝統というものを知りません」と少し寂しそうに言葉を綴るMiyoさん。
  中国人、そして日本人として完全に受け入れてもらえない自身のアイデンティティーと葛藤は、彼女にとって一生避けられない問題だ。

ジュエリーデザイナーとして

 今では、年に一度は家族の住む日本に行き、温泉巡りや日本食を堪能するというMiyoさん。そして、日本でのもう一つの楽しみはショッピング。高品質かつ細部にまでこだわった日本のファッションデザインは、周囲からも大人気だ。本物の日本ファッションに触れ、そして、長年の海外生活から外国人のニーズも熟知している彼女にとって、日本ファッションを海外で紹介したいという気持ちが芽生えたのも、「将来は自分のブティックを開く」という夢に繋がったのも偶然ではない。
  卒業を控え、家族や友人にビジネスについて相談したところ、投資などのリスクが少ないジュエリーから始めたらとのアドバイスを受け、昨年ファッションジュエリーデザイナーとして『M.KANAYAMA』を立ち上げた。ユニークで個性的な物が好きというMiyoさんのデザインのアイデアの多くは、日本の3Dネイルアートからだ。「とにかくキュート! その芸術的なセンスをジュエリーに生かしたかった」。
  もともとアレルギーがあり、自身はジュエリーをあまり付けないが、市場のイヤリングの多くは重いことに気付き、軽くてスタイリッシュなイヤリングに焦点を当てた。エアーブラシで色を吹き付け、一つずつ手作りする彼女の作品は繊細で個性的。現在、オンラインとバンクーバーの数店で販売されている。また、今年3月に開催されたバンクーバー・ファッションウィークでは、イベントコーディネーターとして活躍し、彼女の作品も紹介された。
  将来はジュエリーや洋服、小物など全般を通して日本のファッションを海外に紹介したいというMiyoさん。海外で培った語学力と国際感覚を活かし、経験したアイデンティティーの壁を乗り越え、新しいアプローチで自分の世界を紹介していくのだろう。

   
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