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プロバスケットボール選手
田村 大輔 さん
僕はちっちゃいので
相手にへばりついて前に出さない!
この瞬間にも、僕はアピールしているんです
文、写真 編集部
監督から指名されたその途端、彼の顔は一変し、全身に神経を張り巡らせて集中力の塊と化す。北米の選手の中で小柄な彼が、敵チームの1人の選手をぴったりとマーク。そして、その機敏で大胆な動きで敵を完全に封じ込めた…。
「こんにちは!」その青年は、透き通った明るい瞳で微笑んだ…。田村大輔。29歳のプロバスケット選手だ。5月15日に来加し、BC Titansでプレーをしている。
彼が北米でバスケットボールをやることになったのは、昨年5月に、国際バスケットボールリーグに初めて参戦した日本チーム『ニッポン・トルネード』の選手として試合に参加した時、BC Titansのアシスタントコーチの岐津将平さんと出会ったことがきっかけだった。かねてより北米でバスケットをやりたいという夢があったので、トライアルでプレーを見てもらい、チーム側にサインを取り付けたという。「僕は中学校から、ずっと自分を売り込んできたんです」。高校入学も、大学入学も、そしてプロのバスケットプレイヤーとして実業団へ入った時も、プロリーグに入団したときも、いつも、自分から監督やコーチに連絡して自分のプレーを見てもらい、入部、入団許可を取り付けたというのだ。「つまり、誰にも指名してもらえなかったんですけどね…」と謙遜する。
人生の岐路で自分を売り込む
そんな彼がバスケットボールを始めたのは、小学校4年生の夏、9歳の時。地元の小学校が結成しているミニバスケットクラブの監督に練習を見に来いと誘われ、行ってすぐ入会。5秒台の俊足の持ち主だった大輔さんは、当時、野球のリトルリーグを希望していたが「あんまり覚えてないんですが…自然に入っていたんです。気付いたらやっていたって感じです」という。お父さんが野球とラグビーを、お母さんが陸上とバレーをやっていたというスポーツ一家でもあり、バスケットチームに入った大輔さんは夕方4時〜8時まで、放課後に毎日練習したそうだ。そして4年生と5年生の時に全国大会で優勝を経験した。
何気なく入ったバスケットクラブだが、その優勝を経験したことで、バスケットの面白さを知ることになる。しかし、今までに何度も止めようと思ったこともあったという。その度に親のアドバイスなどで思いとどまった。大学生の時、逃げ出したくなったことがあったそうだ。「周りのモチベーションの低さと、自分のモチベーションの高さが一致しなくて…。今思うと人のせいにばかりしていたんです。その時、やたら闘争心があったのでボクシングしようかなと思ったんですよ」。でも、それを聞いた両親は「スポーツを諦めてサラリーマンになれ」と、大輔さんを叱った。「3日間考えて、やっぱりバスケットは止められへんかったんです」と続ける決心をした。
しかし、次なる試練は大学を卒業したときだった。当時、日本にはバスケットボールの実業団リーグしかなく、新潟県の地元実業団チームの監督に電話をして、プレーを見てもらって、2軍からスタートした。2年間1軍に入れなかったが、3年目にプロリーグが日本で誕生し、出身地の大阪のチームへ自分を売り込みに行って、練習生からスタート。そして、そこで遂に一線の選手として活躍の場を得たのだ。「その方法しか僕は分からないんです。ずっとバスケットボールを現役でやっていきたいと思っているんです。だから、いつも挑戦するしか…その方法しか、僕、分からないんです」。
シビアな環境でプレーする
その大輔さんのバスケットボールに対する熱意は、彼のプレーを見ているとよく分かる。監督に指名されるまで、その日の試合に出るか出られないか分からないのだ。だから、指名を受けると途端に普段の優しい顔から、プレーヤーのピリッと引き締まった顔に変わり、全身に神経を張り巡らせる。
「こちらに来て2週間で、4〜5人の選手がいなくなりました。使えないと思われるとすぐに切られるんですわ〜。ほんまに厳しい世界ですよ」。試合中も自分をアピールすることを忘れない。チームプレーではあるが、選手一人ひとりがいつも評価されているということを忘れてはいけないのだ。「ハングリーな世界にいるのはいいことですね。日本での契約はここほどシビアではないので、一つひとつの試合に打ち込むというこの姿勢は学ぶ点が多いんですよ。明日はわが身なんで」と笑う。
日本のプロBJリーグ5年目のシーズンが終わってから、ここ北米にやって来た大輔さんだが、北米のチームに入るのは全く初めての経験で、まだ遠慮があり自分を出せていないと感じているそうだ。「英語のハンデがあるので、試合でアピールするしかないんですよ」。プレーの時間は限られているが、選手や監督との信頼関係を早く構築していきたいと考えているという。
「北米でプレーができることは、自分にとっては願ってもないチャンスです。北米のプレーをしっかり体に染み込ませて、日本に帰ってからのプレーに出せればいいなと思っているんです。こっちはオフェンスの時のバリエーションが多いですからね」。
ずっと現役でプレーしたい
バスケットでご飯を食べていきたい。いくつになっても現役でいたいという大輔さん。毎日、トレーニングで自分の体をどれだけ使い切るかがテーマだそうだ。バスケットの試合の4回戦に全部出場すると、フルマラソンを走ったのと同じだけのカロリーを消費量するそうで、1試合で3sも落ちるという。体力を維持するために、ヨガやバランスボール、柔軟などのトレーニングを欠かさず、栄養バランスの取れた食事にも気を使っているという。
182p、83sの大輔さんは、プロリーグで決して大きい選手ではない。「だから、相手にへばりついて前に出さない。この瞬間にも僕はいつもアピールしているんです」。話す内容はアグレッシブなのに、人柄のせいか、なぜか清々しい気持ちになる。彼のように、いつも挑戦しアピールする選手には、北米で大いに活躍して欲しいものだ。体中の全神経を使って、その瞬発力、集中力で北米を、そして日本までもを駆け抜けて欲しい。
6月14日、Titansのアシスタントコーチ岐津さんから「大輔君は、シアトルのEmerald City Basket Academyという学校に行き、トレーニングを開始した」という連絡が入った。まだ契約は残っていたが、9月から日本のプロリーグで試合をすることを念頭に入れ、自主トレーニングをすることに決めたのだという。
「後輩たちがどんどん、成長してきているので、ずっと現役で試合に出るために、トレーニングをしないとね…」と話してくれた大輔さんの笑顔がよみがえってきた。彼の自然体で素直な受け答えと、試合のときに見せる厳しい表情から、彼のスポーツに打ち込む真摯な姿勢とプロの厳しさが見て取れた。北米、そして、日本での彼の今後の活躍に期待したい。
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