
“Peace Rice” (ミクストメディア/パフォーマンス)インドBiharでのパフォーマンス。荷車の上には羊毛や和紙で作った米、お米の形のお菓子、本物の米が並ぶ。白衣の出で立ちはまさに平和の使者! |
 |

智代さんの自宅の壁には立体作品がずらりと並び、一緒に生活している。日々の生活とアートの間には、何の境界線もない |
 |

「研ぐ3工程で桶に張った水を3回換えて綺麗にし、刀をぬぐう手ぬぐいも3回換えます」。刀を研ぐ…その行為自体を作法と呼ぶ方が似合っているのかもしれない |
 |
展覧会情報
Tomoyo Ihaya “Water, Rice and Bowl”
4月26日(土)〜6日1日(日)
レセプション:4月25日(金)18:30-21:30
アーティストトーク:5月24日(土)14:00〜
The Richmond Art Gallery
7700 Minoru Gate, Richmond BC V6Y1R9
月〜金 10:00-18:00
土・日 10:00-17:00
604-247-8312
http://www.richmondartgallery.org
詳細はウェブサイトで確認を
|
 |
| 井早 智代 さん |
| 三重県出身。立教大学独文科卒業後、ロータリー財団奨学生として渡加。Mount Allison University、Emily Carr Institute of Arts and Design及びCapilano Collegeで研鑽を積む。2002年、アルバータ大学大学院において美術学修士号(MFA)取得。以後、バンクーバーを拠点に、世界各地にアーティスト・イン・レジデンスとして滞在し、ドローイング、エッチング、立体などを自在に組み合わせたミクストメディア作品を発表。旅を愛する新進気鋭の美術家。 |
アーティスト
井早 智代 さん
文 高橋 幸世
写真提供 井早 智代さん
飲んで食べて、人間の生活はその繰り返し。
でも、それより深いものがなければ
ここに生まれて来る意味がないじゃない?
器に盛られた米の一粒一粒を、彼女は祈るように描く。平凡な日常の中に潜む神聖さに静かな眼差しを向け、人間の本質にじっと耳を傾けながら。禅僧の描く円にも似た小さな米粒の中には、無限の宇宙が広がっているようだ。
。
Richmond Art Galleryでの個展の準備に忙しい智代さんの第一印象は「世界市民」。強さと柔らかさが同居する、不思議な磁力のある人だ。「子供の頃、母がよく美術展に連れて行ってくれたの。半分嫌々、食べ物につられて行ったんだけどね(笑)」。美術と音楽と本を惜しみなく与えてくれた教育熱心な母の影響を受け、幼い頃からよく絵を描いていた。だが、アートへの道はストレートではなかった。「三重の田舎者だったし(笑)、高校生の頃自分の絵に自信がなくなった時期があって、結局文学を選んだの」。大好きなミヒャエル・エンデ研究を目指し東京の大学の独文科に進学。ところが、児童文学は研究対象に向かないと言われ、断念することに。失意の中、大学の美術クラブで独り、絵を描き続けた。「アートで試してみたい…」。内に秘めた夢が蘇った。大学卒業の年にロータリークラブの奨学生に応募し、見事合格。美術留学で訪れたカナダが智代さんの未来を変えることになった。
様々な出会いに導かれて
Mount Allison大学での1年間は正に目からウロコの毎日。美術三昧、とにかく楽しくてしょうがない。自分のやりたいことはこれだ、とすぐに確信した。「トモヨならエッチングの部屋にいるよ」と有名になるくらいエッチングにはまり、寝食を惜しんで制作に励んだ。掃除や料理をする代わりに人の家に居候させてもらうような貧乏生活。しかし、自らの進む道に出会ったパワーは苦労を喜びに変えた。当時を思い出すと、今でも不思議なことがある。「好きなことをするって決めたとたん、色んなところからいいタイミングで助けてもらって、うまいこと続けられてここまで来たの」。人の縁、繋がりを感じる。脳裏に浮かぶ恩師や友人の顔は数え切れない。エッチングの指導を受けた版画家の沢井昇氏(07年12月号の「人」で紹介)もその一人。「本当に出会いがよかった。いろんな出会いがなかったら、今私はここにいないと思う」。1年間の滞在のつもりで来たカナダが、活動の拠点になった。
出会いは智代さんの活動のキーワードでもある。世界各地にレジデンス・アーティストとして滞在し、現地の文化に触れながら制作する。「旅行が好きだし、他の文化を見るの好きだし、このスタイルが向いていると本能的に思ったの」。アメリカのユタ、バンコク、メキシコ、インド。異文化との出会いが作品の中に自然と取り込まれ、表現も変化してきた。版画よりドローイングが多くなったのは「ホテルの部屋でもどこでも机さえあればできる」から。いつも小さな和紙を持ち歩き、インスピレーションを描き留める。最近の作品によく登場する人形は、メキシコで出会った工芸、ペーパーマッシェ(張り子)の影響。和紙や羊毛といったナチュラルで平和な素材に惹かれるようになり、展示形態も、枠に収まるものから、次第に空間全体を舞台のように使うインスタレーションに変わって来た。
水、米、そして人
智代さんの作品によく現れるモチーフは「水」と「米」。生命にとって不可欠な水には精神的なものを感じる。「水は体に必要なだけじゃなくて、人間がもっと深いところで必要としている何かだと思うの」。水道のない国を旅することも多く、人がどんな風に水を汲むか、水がある場所はどこか、そんなことがいつも気になる。「米」との出会いは03年。ユタでのレジデンスの最中にイラク戦争が勃発。混乱の中「Peace Riceをブッシュ大統領に送ろう」というスパムメールを受け取り、それが「ベトナムの飢えた人に送って下さい」というメッセージと共に米大統領に米袋を送ったベトナム反戦運動に由来することを知る。智代さんは実際の米の代わりに米粒のエッチングを制作し、それを切り抜いた栞を友達に配ることで小さな行動を起こした。極限までシンプルなモチーフと、その奥に隠れている神聖な何か。一膳の飯。几帳面に並ぶ米粒。横たわる人。何も描かれていない紙の隙間。人や社会、ものごとの「源」に興味があるという彼女の真摯な眼差しから自然に生まれてくる作品は、どこか生まれる前に見た夢のようでもあり、生きることの謎の絵解き図のようでもある。
そんな彼女を虜にした国がインドだ。一時滞在をきっかけに、2年間に5回も訪れた。「人間の生活の本質がさらけ出されていて、そこに行くと色んなことを深く考えさせられるのよ」。水を汲み、食べ、洗う。単純な毎日なのに、人は乾いておらず、精神的な潤いがある。そんなインドでは、06年にワールドピースがテーマの展覧会でパフォーマンス『Peace Rice』を発表。道行く人に米の形のお菓子を配りながら、荷車を引いて街を歩き回った。「食べ物をシェアすることは平和のシンボル。高尚な意図でやったんだけど、道行く人にゲラゲラ笑われて。みんなが本当に嬉しそうに笑ってる顔しか覚えてないのよ(笑)」。今後は、アートができる環境にいなかった人やアートが必要な人と一緒に絵を描いたりものを作ったりする機会を持ち、人との関わりを広げたいと語る智代さん。彼女を動かす水や米のピュアな力が、彼女の生み出すアートへと姿を変え、これからますます世界中の人に伝播して行きそうだ。
|